傷つき体験が癒されていないと大切な人を無自覚に傷つけてしまう
個人や家族、組織やグループでの傷つき体験を無自覚に抑圧している人程、怒りや憎しみが表情や態度になってあらわれていきます。
よく表情にでる人、不機嫌そうな人っていませんか?
無自覚に抑圧し続ける、我慢し続ける人程、後で大爆発します。
人間関係や自己を守ってきたはずが、自爆テロのような終息をむかえます。
「私はこんなに辛い思いをしてきた、ひどい目にあった、ひどく攻撃された」といった被害者意識が表情や態度となってにじみでてくるのです。
意地でも言葉では明るく振舞おうと共感的というよりは同情、同調、同意を示し続けます。
相手の機嫌を損なわないことに全精力を注ぎます。
そうなってしまうのには訳があります。
一要因として根底にはとても深く傷ついてきた自尊心が癒えずに残っています。
鈍感な方でさえも、表情や態度から違和感を感じて、何か気分を害させてしまったんじゃないかと罪悪感を感じて何となく近寄りがたくなります。
お互いに変な気遣いがはたらいて空回り、コミュニケーションがギクシャクしていきます。
視線はそれて会話もへって曖昧な応答や返事になります。
何でこんなことになったのか混乱します。
誤解が誤解を招いていくみたいな・・・。
また身体症状の傾向としては、カラダがしびれる、むくむ、パンパンになる、頭痛がひどい、激痛に悩まされている人に多くみられるパターンでもあります。
他者にあわせすぎている過剰適応のサインです。
周りの人間が自由すぎてイライラしている時は過剰適応のサインです。
他者にあわせすぎているということは、きつい言葉で言うと自分という存在をないがしろにしているという行為でもあります。(前提として、抑圧がある場合のみ)
度を超すと自分がなくなってしまい、何のために生きているのか存在意義がみえなくなっていきます。
このような状態に陥りがちな人はコミュニケーションに「ネガティブな気持ちが容認されなかった」「自分の気持ちや自己主張を言葉にあらわしたことで辛い思いをしてきた」「心を傷つけられたこともあったけど、人を傷つけてしまった」という傷つき体験があります。
僕はカウンセリングをとおして我慢してきた人、過剰適応している人にとってはネガティブを感じる、吐き出すことはあらゆる解放につながるということを体験しています。
過剰適応している人にとって、ネガティブは厳禁という自分が苦しむルールがあることも・・・。
ただし、癒しをもたらすネガティブとそうではないネガティブがあります。
癒しをもたらすネガティブは怒りと悲しみになります。
癒しをもたらさないネガティブは恨み(うらみ)と僻み(ひがみ)になります。
(恨みや僻みを癒すにはカウンセラーなど専門家の助けが必要になります。)
(安全にネガティブが語れる場を繰り返すことで解放につながります。)
まずは我慢に気がつきましょう。
愚痴や不満がたまっていませんか。
やる気がなくなっていませんか。
腹の中で被害者意識をふくませていませんか。
破壊力のある攻撃性が宿っていませんか。
人の言葉やしぐさに対して過敏に反応していませんか。
人と会うのが怖くなっていませんか。
人間関係が面倒に感じていませんか。
境界線があいまいになっていませんか。
心当たりがある方は、まずは過去の体験や感情をひきずってることに気がついてください。
相手を変えるのではなく、相手にあわせるのでもなく、自分の傷ついてきた心とカラダのケアに関心を向けて下さい。
助けとなる専門家を探して相談してください。
時間をかけてゆっくり、ゆっくりと取り組んでいってください。
ビッケちゃんからもアドバイスをいただきました。
ビッケ:一人になって何も考えずにボーっと外を眺めるのもいいワン、クンクンにおいをかぐのもおすすめワン。
太陽の匂いがついたフカフカのお布団で大の字になって眠るのもおすすめワン。
甘えるのもいいワン。
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